目次−最近のブータン・・



国の豊かさを示す指標として、GDP(Gross Domestic Product)=国内総生産や、GNP(Gross National Product)=国民総生産が広く使われていることは、よくご存知の通り。しかし、GNPは経済や物質的な繁栄を示す指標で、かならずしも豊かさを的確に示すものではありません。

このGNPに対してブータン王国の前・第4代国王、シグメ・センゲ・ワンチュック国王がGNH(Gross National Happiness)=国民総幸福という概念を提唱しました。1980年代のことです。ブータンの開発が目指すのは、GNPの成長よりも、国民の幸福や満足度の向上である、という開発哲学を提示したのです。いま、国際的にもGNHに対する評価が高まってきています。
九州ほどの大きさ・ブータン王国


 ブータン王国の地理と歴史

ブータン王国は、ヒマラヤ山脈の東南に位置する小国で、広さは日本の九州ぐらいの大きさ。人口は約70万人。国土の70%以上が森林で、最大標高7500メートルのヒマラヤの山々に抱かれた険しい高山の国です。 
王国としての歴史はインド人の高僧パドマサンババが、この地にチベット仏教を広めた8世紀に遡ります。その後、数百年にわたり、地方豪族や仏教指導者による、分散した領地の集まりでしたが、17世紀になって、仏教指導者ガワン・ナムゲルがひとつの権力のもとに国を統一しました。18世紀後半から19世紀にかけて政治的に不安定な状態が続いた後、1907年、現国王につながる世襲君主制の初代国王、ウゲン・ワンチュック国王が即位したことで政情は安定し、現在のブータン王国の基礎が築かれました。 
ワンチュック王朝成立後は鎖国のような政策を掲げ、主に国内の安定に努め、国際社会との交流は活発ではありませんでした。第三代国王になってから、国連に加盟(1971年)するなど、少しずつ国際社会に開いた国に変わってきました。第四代のジグメ・センゲ・ワンチュック国王は18歳で即位(1974年)して以来、美男子だということもあって(?)、国民から絶大な人気を誇っています。1998年に現国王が自ら内閣を解散し、ほぼ全ての行政権を大臣会議に委譲。地方分権を促し、国の意志決定への国民の参加を呼びかけるなど、君主制でありながらバランス良く民主化を進めるユニークな国としても注目されています

ブータン第二の首都、プナカ遠景。
7000メートル以上の標高差を持つブータンの風景の特徴は、
峻険な山と谷を流れる川。そして、州に作られた集落。
集落と集落を行き来するのもなかなか大変です。
ゾンは、ブータンの特徴的な建築物。
軍事要塞と寺院と役所が一体となった施設で、各県にひとつずつ作られています。
この写真はブータンで最も権威のあるプナカ・ゾン。 
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1955年まではプナカが首都でした。
国王の戴冠式はプナカ・ゾンで行われるなど、
ブータンのゾンの中でも最も重要な地位を占めています。
ゾンに向かう吊り橋。
村人と僧が行き交います。
ゾンの中では多くの若い僧たちが生活しながら学んでいます
有名な高僧が作った鉄橋
プナカはあまり大きな街ではありませんが、
今も素朴な雰囲気が残っています
プナカ近郊で見かけた棚田。
ブータンは山が険しいために、平地に農地を確保することは難しく、
斜面に美しい棚田が切りひらかれています。
気候は安定していて、場所によっては二期作が行われているところもあるとか。
美しい棚田



 GNHー国民総幸福とは


GNH研究の中心を担うブータン研究センターの研究員のお話です。GNHという概念は、現国王が80年代後半に発言されたとされる「国民総生産(GNP)よりも国民総幸福(GNH)の方が大事だ」という言葉に端を発しています。GNPは経済的な発展を後押しするものですが、精神的な進歩を支えるものではありません。敬虔な仏教国であるブータンの人たちにとっては、物質的な豊かさだけでなく、精神的な豊かさも同時に進歩していく概念が必要だったのです。

GNPは市場に導入されるモノやサービスだけを見ている指標です。環境保全や資源の持続可能性は無視されており、物質文明が持つ負の部分、例えば交通事故が起きた場合の事故処理費や医療費、公害問題への対策費用などは全てプラスに換算されています。消費を増やし、たくさんのエネルギーを使い、温室効果ガスを排出しても、それは成長と捉えられてしまうのです。

GNHは、GNPを補完する概念として、「成長するのはいいけれど、その成長は人々にとって良い成長なのか、それとも悪い成長なのか?」という視点を与えるものです。こうした考えは、欧米型の近代化の限界が明らかになりつつある国際社会において評価されるようになってきました。そして「GNPと同じように、数値化して客観的な指標にすることはできないか」という声が高まりました。とはいえ、そもそも幸福という概念は主観的なもので、国によって、宗教によって、地域によって異なるはずです。数字で簡単に測れるものではありません。ましてや仏教国における「幸福」は、精神の内側の奥深くに根ざした概念です。ブータンの人たちにとって、それを指標化(数値化)することには、少なからず抵抗があったようです。しかし時を経るごとに、GNHを指標化して、国際社会で通用するものにしようと考える人も多くなり、1999年にブータン研究センターが設立され、具体的な研究がスタートしました。


 指標化に向けて

現在、幸福という概念を9つの要素に分けて検討しており、2008年までには、なんらかの指標を完成させたいとのこと。
この段階では国際的に通用するものではなく、あくまでもブータン国内で通用する指標をまず完成させる計画だそうです。
興味深いと感じたのは、研究成果を国際社会にオープンにして、広くGNHについて考えてもらうきっかけにしたいと考えていることでした。
GNHはブータン国王が発想したものですが、客観化や普遍化のプロセスは国際社会の知恵に頼ろうというのは、
とても健全な考え方かもしれません。

ちなみに、9つの要素とは、


living standard(基本的な生活) 
cultural diversity(文化の多様性) 
emotional well being(感情の豊かさ) 
health(健康) 
education(教育) 
time use(時間の使い方) 
eco-system(自然環境) 
community vitality(コミュニティの活力) 
good governance(良い統治) 

とのこと。

実は、2005年にブータンで初めての国勢調査が行われました。
その中に、「あなたは幸せですか?」という質問があり、国民の97%が「幸せ」と答えています。
はたして、日本人に同じ質問をしてみた場合、どのぐらいの人が「幸せ」と答えるのかと、ふと考えこんでしまいました。



 国づくりは国民の声に耳を傾けること

いま、首都のティンプーはどんどん都市化しています。観光でティンプーを訪れ、街を往来する車の数と、建設ラッシュ、張り巡らされた電線に興ざめだという感想を漏らす人も多いと聞きます。
ここ数年で、インターネットも導入されました。
インターネットが運ぶ情報の波、それがブータンの文化に与える影響に関してもやはり大議論があるといいますが、
最終的には「国民を信頼する」という国王の決断で導入が決まったとのこと。
今、ブータンは自国らしさと発展というせめぎあいの間に立ち、先進国を飛び回って最先端の通信技術を学び、
ブータンの、ブータンらしい情報システム構築にむけ尽力しています。

ティンプーは建設ラッシュ。町を歩くと、いたるところで工事中の建物を見かけます。

国づくりという旅には正解はありません。しかし、国王が発したGDPよりGNHという高い目標に感化され、この激しい変化の瞬間にも「国民の幸福とは何か?」「彼らが本当に求めているものは何か?」と問いつづけ、国民の声に耳を傾けようとする人たちが国づくりをする現場にいること、そしてその人たちを信頼する国民がいること。
それが国民の幸福量をどう高めていくか、という課題に対するブータンの回答ではないかという気がしました。

2005年12月、ジグメ・シンゲ・ワンチュク王は2008年に国王の座を辞して皇太子に譲ると共に、憲法を制定し、ブータンを議会制民主主義国家へと移行させることを表明しました。 
“我が国ブータンが発展し、平和と幸福の太陽が私たちを照らし我が国が多いなる繁栄を遂げ、国家の目標と私たち国民の望みを実現させブータンの人々がより大きい満足と幸福を感じられる事が私の望みと祈りです”(ブータン国内の新聞、クエンセル紙より抜粋) 
現国王の意志を受け継ぎ、高い理想を求めて自らの道を模索していこうとするブータンの人たちを、心から応援せずにはいられません。



 おわりに〜小さな心配と大きな期待

ブータンには大きな変化の波がやってきています。かつては年間数千人の観光客しか受け入れていませんでしたが、2006年は4万人を受け入れる予定で、各地にリゾートホテルが建設されています。
首都ティンプー周辺では流入する人口を支えるための宅地開発が進み、犯罪や暴力事件が増えるなど、都市に特有の問題も出はじめているそうです。
GNHの概念に基づき、自然環境や伝統文化を大事にしながら、同時に近代化を進めるというのがブータンの基本政策ですが、経済的豊かさを求める欲望のスピードに負けないためには、優れたバランス感覚と強い意志がますます必要になってくるでしょう。

田舎に行けば伝統的な衣装を身につけた人たちばかりですが、ティンプーでは西洋風ファッションに身を包む若者が多く見られます。

発展してきたとはいえ、信号機はまだ無く、街で唯一の交差点では警察官が交通整理をしています。

「不幸せ」の源は不公平感ではないでしょうか。お金や市場、競争という概念が持ち込まれ、経済的、物質的に恵まれた人たちが現れることで、
勝ち負けや貧富の差が生まれ、何も変わっていないのに「不幸せ」と感じる人が増えてくる・・・
ティンプーの街を歩いていると、その気配を強く感じてしまい、複雑な気分になったことも事実です。 
今後、ますますGNHは注目されるのではないかと思います。
近い将来、国民総幸福(GNH)が指標化され、新たな豊かさのモノサシとなった時に、この考え方はブータン人の誇りとなっていくでしょう。
そして多くの国が、この指標に基づき、経済優先の開発から、自然や環境と調和し、
国民の幸福に心を配りながら開発していくという姿勢にシフトする可能性もあります。
ブータンの未来を少し心配しつつ、GNHが国際社会に与えるプラスの影響に大いに期待したいところです。

  ★取材・写真 Think the Earthプロジェクト 様 から無断引用させていただきました。あくまで個人サイト使用ですので、許してちょんまげぇぇ・・('A`)

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