目次 - ODAの活動 - ブータン
ODA 政府開発援助での仕事 その3

1. ブータン母子医療機材整備計画

もう2度と行くことは無いと思っていたあの幻の国に、こんどは仕事で行くことになりました。
ここではその時のあっという間に過ぎた、とても忙しい2ヶ月間の思い出を綴って見ます。

ガテマラから帰ってしばらくすると今度は私がJOCV時代に行ったブータンにもう一度行くことになりました。今度はODAの仕事で、トーメンという商社の関係の人と約2ヶ月ほど現地で滞在することとなったのでした。協力隊の時代は病院のスタッフだったので、殆ど任地から離れられず、2年以上も居たにもかかわらず、周りのことはよく分からない状態でした。今回は首都からスタートして全23病院を廻り、順次医科機材をinstallして行きながらブータン全国を網羅することとなった。

パロ国際空港約一年ぶりになつかしの地ブータンに来た。帰ってきたといったら良いのだろうか。日本の目まぐるしい変化に比べてこの国は『ひねもす野足り』という感じで殆ど変わっていないように見える。いつもの様にのんびりとアーチェリーをやっている。ブータン人はアーチェリーが好き
新築アパートからラカンを望む建物の間からラカンが見える。メインロードのほうでは建築ラッシュで景気がよいように見えるが、恐らくはインド系の商人が雑居ビルを作っているものと思われる。チベット風やインド風の小さい商店も何軒か入っているようだ。インド人?のマーケットが進出
交通整理のおまわりさんJOCVの事務所から降りていって、町に入るところの首都に2箇所だけある交通整理の『踊るおまわりさん』も相変わらずカメラを向けるとポーズを取ってくれる。くるまの交通量が増えてきたように感ずる。メインストリート・右側はよく行った飯屋
首都のホテル街向かって右側に見えるのが老舗の『ドルックホテル』、手前が時計台のある中央公園。天気の良い日はよくここでパンを食べたりしました。右は初めの現場になった『JDWNRH』ジグメドルジヲンチュック国立中央病院です。ここで懐かしい人々と再開することになります。首都の中央病院
バス・ターミナルクエンセルに載っていたようにテインプー市内はpublic busが走るようになったみたいです。右は新築した病院の正面玄関です。病院の玄関
病院下の薬局この薬局はネパールやインドのそれと作りがそっくり。JOCV建築隊員の伊原さんが言っていたように地方からの人口流入で新しくアパート式の住宅をどんどん新築しているようです。首都は住宅建築ラッシュ
トラックがバス代わりここは首都なので急ピッチで開発が進んでいるように見えます。しかしトラックの荷台をバス代わりに載っているいつものブータン人も、相変わらずいるみたい。同期のJOCV武田さんがつかっていたようなブルドーザ類をよく見かけます。これも日本のODA供与でその『ODAマーク』が横にドーンと這ってあるのが見えます。ODA供与の重機

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